どん底

快進撃が続くも・・・・ここで大問題発生!

中心メンバーだったジョー・ペリーが中途半端に参加したアルバム『ナイト・イン・ザ・ラッツ』は、多くのファンを失望させる出来であった事・・・・。
人気も急降下、ここからどん底の始まり~。

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それから、2人のギタリストが完全に脱退して、後任のギタリストを迎えて作った『美獣乱舞 (Rock In A Hard Place)』は、今では質の高い作品とされているんだけれど、ファンとかからは評判があまり良くなくて、商業的にも失敗になっちゃったんだよね・・・。
うーん・・・その時代には合わなかった曲かも・・。

しかも、スティーブンが事故した事もあって休養することに。
追い討ちだね・・・バンドの人気は、どん底に落ちるよ~~。

快進撃

ミュージシャンとして少しずつ自分達のスタイルを作っていったエアロスミスはやっと・・・3rdアルバム『闇夜のヘヴィ・ロック (Toys In The Attic)』(1975年)と4th『ロックス (Rocks)』(1976年)で人気爆発!!

スタジアム級のバンドとなっちゃうよー!エアロスミスとしての形態を完璧に確立しているの。
これが彼らにとって、初めての黄金期になったんだよ~。

その後のアルバム『ドロー・ザ・ライン (Draw The Line)』(1977年)、そして『ライヴ・ブートレッグ』(1978年)と快進撃はぞくぞくと続くよ!

徐々にね

デビューから30年以上経った今もなお、アメリカン・ハードロックの絶頂にいるエアロスミスだけど、デビューして突然大ヒットしたというタイプのバンドではないんだな~。

かえって、デビューした頃の評判はあまり良くなかったの・・。
マスコミからはローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンのチープなコピーだ~とか攻撃されていたんだ。
だから、初めの頃の2枚のアルバムは演奏も録音もアマチュアっぽくて、とてもじゃないけどトップクラスのバンドとは比較が出来ないものだったんだよ。

1stアルバム『野獣生誕 (Aerosmith)』(1973年)は販売した頃、ビルボードチャートにチャートインしたけれど、それも数ヶ月掛けてやっとの最高166位だったんだよね。
2ndアルバム『飛べ!エアロスミス』 1974年を公開。根気強くライブをこなして、少しずつ人気を有していくのだ~~。

音楽観

自分達の音楽観でブリティッシュ・ロックをフィルタリングしてハードロックという形式で、アメリカのロック界の発展に大きく関与したバンドの1つ!数あるバンドの中でも特に!

1970年代は「ドラッグ、アルコール、セックス」といったイメージが非常に強かったエアロスミスが、1980年代前半の低迷期、その後の第2次黄金期を経て、ゴージャスなロックンロール・バンドへと変わっていった話は有名だよね~。

でもね、そんな山あり谷ありのミュージシャン人生の中で今なお、自分達のスタイルを確立し続けているんだよ。なかなか出来ないよね。

誕生

1970年代夏、アメリカ、ニューハンプシャー州サナピー湖のザ・バーンというクラブで演奏していた、ジョー・ペリー (g) とトム・ハミルトン (b) のバンド、ザ・ジャムバンドを見たスティーヴン・タイラー (vo) は彼らと新たにバンド組む事を決意した。スティーブンによると彼らの演奏は最低だったが、エネルギッシュなプレイが最高だったという。

当時、既にバンド『Chain Reaction(チェーン・リアクション)』でプロとしてデビューしていたスティーブンは、同年、このまだ見ぬ架空のバンドのドラムに友人のジョーイ・クレイマーを、そしてもう1人のギタリストに同じく友人だったレイモンド・タバーノを迎えたが、翌年にはレイモンドが脱退し、代わりにバークリー音楽大学を卒業し、複数のバンドでの経験を持っていたブラッド・ウィットフォードを迎える事になる。そしてこの5人が、エアロスミスのオリジナルメンバーである。こうして、兄弟となった5人はボストンの小さなアパートの個室で共同生活をする事になった。エアロスミスというバンド名は、ジョーイが学生時代ノートの隅に書いてあったバンド名の1つであり、空気を意味するAeroと職人を意味するSmithを合わせた造語である。

ジョー・ペリー

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ジョー・ペリー(Joe Perry、1950年9月10日 - )は、アメリカのミュージシャン。
ロックバンド「エアロスミス」のリードギタリスト。
本名はアンソニー・ジョゼフ・ペリー(Anthoney Joseph Perry)。
ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー、
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第48位。

スティーヴン・タイラー

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スティーヴン・タイラー(Steven Tyler、1948年3月26日 - )は、ロックバンド「エアロスミス」のボーカリスト。アメリカ・ニューヨーク出身。イタリア系アメリカ人である。フルネームはSteven "Victor" Tallarico。大きな口が特徴。ジョー・ペリーと共にソングライティングを手掛けており、バンドのフロントマンである。派手派手しいステージ衣装とマイクに巻きつけたスカーフがトレードマーク。初期にはジャック・ダニエルズの酒瓶も持って登場していたが、バンドイメージの変遷に伴って現在では取りやめている。

コネタ

1998年映画「アルマゲドン」のメインテーマを手がけた。同映画のヒロイン女優、リヴ・タイラーは、ボーカルのスティーヴンとベベ・ビュエルの間に産まれた実の娘。

日本では、1970年代後半はキッス、クイーン、チープ・トリックの陰で多少地味な存在であったが、1985年の復活以降は人気バンドとしての地位を確立した。来日回数も多く、1998年には海外アーティスト初の4大ドーム・ツアーを敢行した。

バンド結成当初、ドラマーだったスティーブン・タイラーがヴォーカルとドラムスを兼任するはずだったが、目立たないので兼任をやめ、彼の悪友ジョーイがドラマーとして加入した経緯がある。 尚、バンド名はドラムスのジョーイによる造語。

2001年に『ロックの殿堂』入りを果たす。他にも今まで『ピープル・チョイス・アウォーズ』2回、『ビルボード・ミュージック・アウォーズ』6回、『アメリカンミュージック・アウォーズ』8回、『ボストン・ミュージック・アウォーズ』23回、『MTVビデオ・アウォーズ』12回、『グラミー賞』4回など数々の賞を受賞している。『ローリングストーン誌』、『ヒットパレード誌』でも最優秀ロックバンドに選ばれている。

『MTVアイコン』に選ばれた初のロックバンドでもある。

自国の音楽

ヤードバーズをはじめ、1960年代のブリティッシュ・ロックというフィルターを通して、自国の音楽を表現しようとした。

1970年代に第1次黄金時代を築くが、その代償とも言えるドラッグや人間関係の問題で1980年代前半は低迷。全員が麻薬中毒の治療のために更生施設に入院。これは、落ちても這い上がろうとした彼らの執念の表れとして今も語り継がれている。

その後、ロック史にも珍しい復活(1985年)を果たし、商業的には1970年代を上回る第2次黄金期を築いた。

エアロスミス

エアロスミス (Aerosmith) は、マサチューセッツ州ボストン市を拠点に活動するロックバンド。

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