アメリカ資本主義の発展の基礎 2
イギリスの産業革命は周知のように18世紀の後半に起こりました。
1830年ごろにはイギリスは文字通り「世界の工場」としての絶対的地位を確立し、その後少なくとも半世紀、おそくも第一次世界大戦の勃発までは、世界に冠たる工業国としての地位を保ちつづけたのです。
イギリスの産業革命の影響を直接受けたアメリカは、それによって移転された技術を著しく異なった条件と環境の「社会マトリックス」のなかに組みこんで、大きく開花させました。
ローゼンバーグが述べたように、技術移転そのものも決して容易なことではなかったうえに、その成否は多くが異なった環境下で、技術の選択、適応、修正という複雑な過程を通して、その機能を有効に発揮するというアメリカ人の能力にかかっていました。
工業立国の選択アメリカには独立のとき、すでにいわゆる「建国の始祖」といわれる人びとの間にも、経済開発の基本思想をめぐって、2つの対立がありました。
このような対立は基本的にはその後の政治過程においては解決されずに、むしろその対立を深めつつ、アメリカ社会の中に内在していました。
それは南北戦争によってはじめてその選択を決せざるを得なかったのです。
その対立とは、アメリカを基本的に農業立国とするか、工業立国とするかの選択をめぐってでした。