終戦直後の農村 4
その地主のところに村の若者たちが大勢で乱入して、馬の足を折ってしまった・・・。
ちょうど春の馬耕の時期に入るときに馬が足をけがして歩けないということは大打撃になる。
そんなことをやったもんですから村の中が騒然となるのも当然です。
そして、30何人の青年の親たちが、私の息子はやるつもりでなかったけども、あれは煽動されて・・・と隠れて地主の家にあやまりに行くのが出た。
ところが、心の中では地主の圧迫に怒りの気持ちをそれぞれ持っているから、陰で拍手し歓迎する親たちもあったわけです。
このように村の中では大きな事件になりましたが、地主たちが3日後に倉を会館として開放する、と折れてきた。
それは恩賜郷倉ということで国からもらった補助金を私物化していたことが発覚すると、当時といえども戦後の民主化の声が高まりかけたときだけに大きな事件となるわけですから、それを恐れたのでしょう。
使ってもいいということになりました。
会館開放の喜びと同時に、その後、村の中で地主の権威は急速に失墜していくわけです。
その後、農民組合が結成され、組合の推薦で小作人たちが村会議員、農業委員、農協理事に全員当選するようになり、戦後の民主政治の勢いがついていった。
若者が起こした会館開放闘争は村の中で地主を恐れない、村の民主化の一つの夜明けを告げた行動でもあったと思っています。